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福岡地方裁判所 昭和44年(わ)647号 決定

主文

本件各申立をいずれも却下する。

理由

一、本件申立の趣旨および理由は本件の審理にあたり現職の警察官から採用された法廷警備員が法廷の警備に従事しているところ、これら警備員は被告人等を含む犯罪の嫌疑者に対し供述を強要することを職業としてきた行政官で、一年半後には再び警察官、機動隊員として原職に復帰するものであり、これら現職警察官から法廷警備員に採用することは司法権の独立と裁判の公正を害するものであるうえ、右法廷警備員らは裁判長の命令にもとづかず、自らの判断で傍聴人を排除したり、傍聴人に対し暴力をふるつたり、あるいは傍聴券の交付の時期や方法をきめたりするなど、強大な権限を現実に行使し、裁判所の構成員として重大な地位にあるとともに、法廷において被告人らに対し精神的肉体的圧迫を加えてくるものであるから、裁判の公正を保持するため、本件審理に当り、法廷警備の職務執行よりこれら警備員を排除すべく、裁判所書記官に対する忌避についての刑事訴訟法二六条一項を類推適用し、同法二〇条六号により右法廷警備員八名全員を忌避する旨の決定を求めるというにある。

二、よつて判断するに、忌避の制度は、裁判権行使の公正とこれに対する国民の信頼を保持するため、裁判所職員につき公正を疑わしめる事由があるときは、当該職員をその事件の審判手続より排除する制度であり、これが忌避の対象につき、刑事訴訟法は、裁判官及び裁判所書記官を忌避することができる旨規定しているにすぎず、法廷警備員を忌避しうる旨の直接の規定はない。

ところで裁判官と裁判所書記官につき、忌避の制度が設けられている所以を考察するに、裁判官は当該事件の審理を主宰し、かつこれに対し終局判断としての裁判をなす主体であり、また裁判所書記官は当該事件の審理に関与し、調書を作成し、記録を保管し、訴訟上の事項の公証や送達の事務をつかさどり、ことに裁判の実体形成に重大な影響をもつ公判調書の作成にあたつては一定の範囲内で職権の独立性が認められているのであつて(裁判所法六〇条五項)、いずれも当該事件の実体形成、手続形成の訴訟行為に関与し、自己の責任において裁判権行使の全部又は一部を担当しているものであり、かかるものに裁判の公正を疑わしめる事由があるときは、これらのものが審理に関与すること自体から偏頗な取扱をするのではないかとの疑念を生ぜしめることになり、裁判の公正及びこれに対する国民の信頼を保持するうえにこれらのものを当該審判手続から排除する実質的な理由と必要が存するのである。

他方法廷警備員は、「裁判長又は一人の裁判官が法廷の秩序維持のため命ずる事務」を取り扱うべきことをもつてその職務の内容とし、(法廷の秩序維持等にあたる裁判所職員に関する規則一条一項参照)裁判長又は裁判官の命令を受けて、法廷における裁判所の職務の執行を妨げる行為を排除し、退廷命令や拘束命令を執行し、その他裁判長又は裁判官の命じた必要事項又は処置の実効性を確保するための行為(例えば発言の禁止、拍手の禁止などの命令が出されたのにこれに従わない者に対してこれを守るよう注意し制止するなどの行為)をなすものである。これを要するに、法廷警備員は審判が円滑に行われる場を確保するうえに必要な法廷の秩序を維持するため、前記のいわゆる法廷警備行為に従事するにすぎず、当該事件の審判手続そのものには、手続的にも実体的にも全く関与するものではない。しかも、前記の法廷警備行為といえども、法廷警察権を行使する裁判長又は一人の裁判官から具体的に命令を受けた場合に、命ぜられた範囲内でその事務を遂行するにすぎず、右命令を受けることなく自己の判断に基いて自ら独立して職務を行うものではない。以上のごとき法廷警備員の職務内容及びその職務権限行使の制約性に鑑みると、法廷警備員の職責は、当該事件の審判と直接的にも間接的にも全くかかわりのないものであつて事件の審判になんの影響を与えるものでないこと明らかであり、従つて仮りに法廷警備員に刑事訴訟法二〇条各号所定の事由あるいはこれに類する事由が存するとしても、当該事件の裁判の公正を疑わしめる事由になるものではなく、裁判官や裁判所書記官と同列に論ずべき実質的理由も必要もないので、刑事訴訟法二六条一項を類推する余地はなく、これを忌避の対象と解することはできない。

してみると法廷警備員につき、裁判所書記官に対する規定を類推適用して忌避の対象となし得る旨の独自の見解を前提としてなされた本件申立は不適法なものであり、爾余の点につき判断するまでもなく却下すべきものである。(白石破竹郎 前田一昭 加島義正)

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